金井税務会計事務所

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何が起きても「遺憾である」症候群

日曜日, 3月 20, 2016
 「遺憾」とは、思い通りにいかず心残りな事。残念。(広辞苑より)
  国内外の事件や事故、あるいは外交に係わるような問題が発生したときに、内閣官房長官や所管の大臣がその点について問われたときに答えるのが「極めて遺憾である」と言うものです。
  最近では、日韓で決着がついているいわゆる「慰安婦」問題について、国連の人権高等弁務官が日本軍による性奴隷制度を生き延びた人々と表現し、同じく国連のクマラスワミが日本を貶めるための持論を改めようとせず、日本の皇位継承問題で男系男子だけであることが女性に対する差別であると発言したことなど、教養の劣化を晒している現状について、政府答弁は「極めて遺憾である」と言う抽象論で終始しているのが現状です。
  極めて遺憾であるならば、直ちに担当省庁に指示して再発防止に全力を挙げることが本筋です。しかし、同じような事柄が繰り返されている現状から見て、殆ど役割分担が機能していないと考えられます。国連分担金を、アメリカに次いで多額に支払っている割には、あまりにも策がなさ過ぎる。多額の負担金を支払っている以上、それに見合う効果を引き出すことが国民に対する責任ではないでしょうか。外務省の存在意義は、「国際社会における日本国及び日本国民の利益の増進を図ることを任務とする。」と定義されています。極めて遺憾であるで済ませるならば、外務省不要論が再燃しかねません。
 これは、ビジネスでは通用するのか・・・
  企業経営が、消費税増税のせいで個人消費が悪化し、公共投資の大幅削減で内需が減少して経営環境が悪化した場合、経営者が「極めて遺憾である」なんてのんきなことを言っていたら市場から退場させられてしまう。どんな環境の下に置かれようとも、我が社の存続のために全力投球するのが経営者の姿勢です。   生き延びるための戦略を練り、それらを具体化するための戦術を考える。これが経営者の仕事です。どんな環境に置かれようとも打つ手はある。打つ手がないのは考えないからである。「頭は生きている内に使え」と中村天風は教えています。

テーマ: 経営